東京ディズニーリゾート(TDR)をビジネスの視点から分析する。

TDRは何故楽しいのか?その仕掛けをTDR好きの筆者が様々な視点からお話しします。

第4回:舞浜駅の名前の由来

電車でTDRへ行く場合のもよりの駅は京葉線舞浜駅です。

昔、京葉線が通っていなかった時代は、TDR(当時は東京ディズニーランドだけ)には、東西線浦安駅からバスで来なければならず、来るたびに不便さを感じていました。しかし、パーク開園から5年経った1988年に京葉線が開通し、舞浜駅が開業し、大変便利になりました。

 

舞浜駅はTDRのために作られた駅ですので、当然、乗降客のほとんどはTDRへの来園客です。そのため、駅内は、ポスターや看板はTDR一色ですし、駅員さんの制服も特別で、他のJRの駅とは趣が違います。普通なら、「東京ディズニーランド駅」と言ってもおかしくないと思いますが、何故、舞浜駅となったんでしょう。

 

その前に、舞浜という地名の由来についてお話します。

元々、駅付近は、漁師のまちで、西浦安と呼ばれていました。しかし、オリエンタルランドが開発をするにあたり、「を舞いたくなる美しい辺」をイメージし、魅力のある名称にしたいということで、アメリカのマイアミビーチから、マイアミの「マイ」と「ビーチ=浜」をくっつけ、「舞浜」としたそうです。

 

話を本題に戻します。

 

何故、東京ディズニーランド駅にならなかったのでしょう?そこに、ディズニーとしての戦略があります。

 

当然、当時の国鉄は「東京ディズニーランド駅」という名称を使いたがりました。しかし、それに対し、アメリカのディズニー本社が反対をしました。それは、「東京ディズニーランド駅」にしてしまうと、「ディズニーランド」という呼称が様々な場所に使われてしまい、そのブランドイメージを損ねるからという理由でした。例えば、駅前のラーメン屋さんは、〇〇ラーメン東京ディズニーランド駅前店となるわけですし、パチンコ店にしても、同様に使用されるわけです。こうなると、折角の「ディズニー」というブランドイメージが崩れてしまい、夢と魔法の国というコンセプトを壊すことになります。という訳で東京ディズニーランド駅ではなく、舞浜駅となったんですが、これも、先ほどの富士山と同じようにディズニーのこだわりを象徴している逸話であると思います。

 

当時、日本にはまだブランドイメージという概念がほとんどなかった時代でしたが、その時代に、こだわりを持ち、しかも、それを徹底しているからこそ、今のディズニーランドの成功に結びついているのだと思います。そして、同じような考え方が、これからお話する数々の事例に首尾一貫として徹底され、ディズニーの哲学となっています。